殉難者たち

2022年8月2日


 7月25日朝、亡き詩人Lの妻から便りが入る。「瞑想を終えてすぐ携帯を見たら、涙がこみあげ、嗚咽しました。残酷です。ひどいです。町中静まっています」何の話だろう。フェイスブックを開くと、国軍という名の利権的暴力集団が、インセイン刑務所で4名を処刑していた。75年前に暗殺されたアウンサンらを偲ぶ「殉難者の日」が、7月19日に遺族の参列なしで挙行されたばかりだった。新たな殉難者が生まれた。
 4名のうちジミー(本名チョーミンユ53歳)はシャン州出身のインダー族だ。ヤンゴン大学物理学科在学中の1988年に民主化闘争を指導した。89年から2005年、2007年から2012年、合計22年間政治囚だった。獄中で小説や詩を書き始め、2010年に書いた長編『ラミンサンダー(女性名)のインレー湖』(2012)は話題を呼んだ。それは、シャン州の織物産業復興を願う地方首長と女性実業家の恋物語だった。暴力集団政権簒奪直後の2021年2月13日、彼は6名の元学生指導者と共に指名手配された。ヤンゴン郊外に潜伏したが、10月23日に逮捕された。処刑は7月23日早朝と見られる。妻と10代の娘が遺された。
 ジミーと共に今年1月23日の軍事法廷(非公開裁判)で、爆発物製造とその使用にかかわり、「テロリスト」に資金提供したとして、反テロ法違反罪で有罪となり、死刑判決を受けたのは、ピョウゼーヤートー(本名チョーチョー41歳)だ。ヤンゴンで生まれ、大学卒業後の2000年からヒップホップ集団「ACID」歌手として活躍し、HIV感染者支援活動も行った。2008年に青年組織「Generation Wave」を結成して逮捕され、2011年まで服役し、2012年から2020年までNLD(国民民主連盟)の国会議員を務めた。7月22日午後、母親との20分の面会時、彼は書籍と英語の辞書の差し入れを求めていた。
 残る二人は、ヤンゴン郊外のラインターヤー郡区住民だ。同郡区で密告者として名を馳せた「国軍」派女性の殺害に加わった疑いで、昨年3月に逮捕された。逮捕当時、アウントゥーラゾー(27歳)は妻が妊娠3か月だった。処刑が近いとも知らず、仕事中の妻に代わって面会に訪れた母親に、彼は草履の差し入れを求めた。処刑後母親は「息子を誇りに思う」と語ったが、その後彼女が逮捕されたとの報道もある。
 ラミョウアウン(41歳)は妻子ともども逮捕され、1か月後に子供だけ釈放された。妻は懲役3年の判決を受け、地方の刑務所で服役中だ。死刑判決後、妻の父親がインセイン刑務所に3回足を運んだが、「ここにはいない」と門前払いされた。7月25日朝、同刑務所を訪れた彼に死刑執行が告げられた。他の3名のような事前の面会もかなわなかったのだ。
 現在死刑が確定した者は117名。うち41名が欠席裁判だ。暴力集団は死刑の続行を宣言し、30日にマンダレーで6名が処刑されたとの噂も流れる。三十数年ぶりの死刑に市民が恐怖し、抵抗を弱めるだろうと彼らが踏んだとすれば、その目論見は外れたといえる。
 たとえば詩人Lの妻だ。「家族や愛する人たちがこの世から消える悲しみは、共有できます。同情します。奴らの残虐行為のおかげで、他人のために泣けてきました。胸が痛みました」と、彼女は続けたのだから。暴力集団が殺害した市民は、2100名を超えている。しかし彼女は、夫の病死後6か月間、自分の苦悩しか語らず、惨殺された犠牲者や遺族に同情も共感も示さなかった。今回の事件は、彼女に恐怖を植え付けるのではなく、彼女の目をようやく他者の苦しみに向かわせたのである。
 少数民族軍からも怒りの声が上がり、市民たちはさらに団結を深める様子だ。諸外国も憂慮を示し、暴力集団が頼みとする中国・ロシアを含む国連安保理も処刑を非難した。目論見が裏目に出てもなお、愚行は続く。7月27日には、ヤンゴンのジミーとピョウゼーヤートーの遺族宅前に各50名ほどの「民衆」が集まり、投石した。暴力行為を取り締まる警官の姿はない。その後「民衆」が日当を受け取る光景まで流れた。中には裸足の者もいて、貧しい地域からの動員だとうかがえた。
 一方NUG(国民統一政府)は30日に、翌日のビルマ時間午前10時37分に、鍋を叩く、クラクションを鳴らす、瞑目して祈るなどそれぞれのやり方で革命勝利を誓うよう促した。31日には各地の様々な行動の映像が流れた。またNUG外相は同日、さらなる闘いに向け武器援助を諸外国に求めた。市民を恐怖で支配することはできない。恐怖に委縮し支配される体質は、むしろ暴力集団のものだ。彼らがそれを承知で蛮行に及んだとしたら、それは瓦解への道をひた走る暴力集団内部を引き締める一策だったと考えられなくもなかろう。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。