作家たちの定期便

2022年7月12日

 

 ミャンマー時間の午前6時は、こちらの午前8時半だ。そのころから、フェイスブックのメッセンジャーに作家たちの定期便が飛び込んでくる。イラストと短文を毎日送ってくるのは、作家K2だ。
 知り合って30年近くになる。彼の短編を翻訳し、訪緬のたびに歓談してきた。拙著『ビルマ文学の風景』では、詩人Lに次ぐ情報源の一人だった。出会った頃は「短編黄金時代」で、雑誌掲載短編の全盛期だ。検閲強化で雑誌から短編が撤退するにつれ、手練れの短編作家が雑誌編集者に鞍替えし始めた。K2もその一人だった。あちらの編集者は自ら記事を書く。彼も乗合自動車で全国津々浦々を回り、ルポルタージュを経済誌に載せ、大小事業家へのインタビューを重ねるうちに、有数のジャーナリストとなった。
 そのK2が、2016年発足のNLD(国民民主連盟)政権に請われて、某行政機関の幹部に就いた。賄賂の横行で悪名高き部署である。忙しい仕事の合間を抜って会いに来てくれた彼に、「どう?賄賂は一掃できた?」と聞くと、「ぼくの目の届くところではなくなりました。でも、下ではまだやっているみたいです。根深いですね」と、正直な答えが返ってきた。
 2021年2月の国軍という名の利権的暴力集団による政権簒奪事件後、軍は留任を求めたが、K2は断った。同等の要職にあった女性作家は首都で逮捕され、彼は潜伏した。
 わたしの情報源はフェイスブックだけとなった。フェイスブックから各種ビルマ語メディアにもアクセスできる。事件直後は個人の発信で溢れたフェイスブックも、暴力集団の弾圧の嵐の中で発信者が限定されていった。暴力集団の監視の目はあなどれない。知人の縁者は、国外からの情報をシェアしただけで逮捕され、懲役を言い渡された。この6月19日のアウンサンスーチーの誕生日に、「お母さん、おめでとう」と投稿した警官も逮捕された。
 自由な発信が可能なのは、国外や解放区の居住者くらいか。わたしもミャンマー市民を対象に、ビルマ語情報のシェアに余念がない日々を過ごす。政権簒奪直前1000名以下に絞った友達も、慎重に厳選して受け入れるうちに1500名を超えた。友達申請は増加中だ。
 日本のメディアが報道しない多数の情報が流れてくる。たとえば、NUG(国民統一政府)はザガイン地域やマグエー地域の道路の90パーセント、村落の80パーセントを掌握したと宣言した。だが、周辺村落への暴力集団による略奪と焼き討ちは収束していない。暴力集団の報道官は記者会見で、「国軍は焼き討ちなどしない。PDF(人民防衛隊)の仕業だ」と言ってのけたが、焼き討ちを命ずる上官の動画が流れたばかりだ。それのみか、不服従兵士を匿った女性を暴力集団が斬首する様や、PDFに無関係な男性村民多数の惨殺を手柄話として語る暴力集団兵士の映像まで流れてくる。
 暴力集団の死者数も、戦闘地別に毎日流れてくる。平均すれば一日100名前後にのぼる。暴力集団側の発表はない。一方PDF側の死者は少ないが、深い哀悼とともに死者の名前や顔写真が紹介される。7月1日に流れた6月一か月間のPDFの死者は合計58名だった。そこには、6月29日の医療講習受講の帰途、暴力集団に襲撃された9名も含まれる。うち最年少は14歳で、全員が丸腰だった
 募金活動に懸命な世界各地のミャンマー市民の姿も流れてくる。暗号資産による納税も始まった。現在NUGは62億ドルの資産を手にしており、その90パーセントを武器購入に充てている。ちなみに米戦略国際問題研究所は6月下旬、「国軍が国の統制権を失いつつある」と、その報告書で述べた。
 6月末からタイ国境のカレン州でも戦闘が続く。実戦で形勢不利な暴力集団が空爆を行い、避難民が多数出ている。そして7月7日は、1962年のクーデター後国軍がヤンゴン大学で学生多数を殺戮した記念日だった。久しぶりに、ヤンゴンでデモが複数あった。そのひとつに暴力集団の乗用車が突っ込み、1名が負傷したが、運よく逮捕者はなかった。
 「心と意志の求める豊かさや幸福が獲得され享受できる時が訪れますように」と、今朝もK2から定期便が届いた。一日として同じ言葉はない。年長者のわたしへの労わりと、闘争勝利への覚悟がうかがえる。こちらも祈りを返すべきところだが、当り障りない短文と風景写真を送るにとどめる。メッセンジャーも監視されている可能性がある。安否が確認できただけで有難い。一日だけ定期便の来ない日があった。踏み込まれたかと、気が気でなかった。翌朝の定期便に、「昨日は停電でした」と書かれていて、ほっと安堵したものだった。
(同一頭文字の人物が登場した場合、頭文字の後の番号で識別いただきたい)

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。同外国語学部非常勤講師としてビルマ文学講義も担当中。