驚異の5年

2026年2月19日

 「国軍」という名の利権的暴力集団による違法な政権簒奪から5年が過ぎた2月1日。世界各地でデモや追悼行事が行われた。決意も新たな革命勢力の投稿や、若干の国内デモ映像もSNSを流れた。かつて、「どちらが勝とうと関心はない、安らぎを取り戻したい」という避難民の声(本便り2024年11月5日参照)を紹介した日本の大手某紙は、今回「抵抗は無意味」という「市民の声」を載せた。しかし、たたかいはいま「抵抗」の域を遥かに超え、革命の様相を帯びる。「国軍」のなりふり構わぬ人道犯罪も、いかさま選挙も、国土や人心の掌握には至らなかった。そこに、5年の歳月の底をひた流れる、軍事独裁を拒否し真の連邦制と民主主義を求める市民の静かな意志を感じるのは、わたしだけではなかろう。
 「誰がこの春を、革命を、止めることができるだろう」と書いたのは、医師作家マ·ティーダー(1966生れ)だった(『ミャンマー証言詩集 いくら新芽を摘んでも春は止まらない』港の人社2025年p.34)(本便り2024年10月23日参照)。政権簒奪後国外に逃れ、現在国際ペンクラブ獄中委員長も務める彼女が、1月末に来日した。その著書『良心の囚人』(熊木信太郎訳2022年論創社)は、書物と瞑想から得た知識と洞察力で闘病しながら6年の獄中生活を乗り越えた様を克明に語る。短編には拙訳で、野辺送りに現れる人生の縮図「雨脚が激しくなった」(1988)、病弱な医学生の復学を前にした独白「一番最初」(1988)、腕白小僧が語る母との葛藤「シャボン玉」(1989)(いずれも『世界文学』3大阪外国語大学世界文学研究会1997年)、バガン遺跡でインチキ骨董を売る少女の生活と意見「新旧 旧新」(1987)(『ミャンマー現代女性短編集』大同生命国際文化基金2001年)が出ている。
 1月25日、東京と名古屋に続き、大阪で最後の講演があった。我々3名を除けば、会場は若きミャンマー市民ばかりだ。彼女の言葉から印象的な断片を取り出すと、「子供のころ満員バスに乗れず、みんながゆったりバスに乗れるにはどうすべきか考えた。金儲けして自家用車を買うことなど考えもしなかった」「いまゴールは遠ざかったり近づいたりだ」「自分の存命中に革命は完成しない」「正義には誠意が必要。それが勇気を、ひいては団結を生む」「前政権時代を懐古するのは無意味。当時も問題山積だった」「自分のあるべき姿に責任を持つのは自分。同様に国の在り方も考えよう」「現存の連邦国家に必ずしも自由·安全·民主主義が存在するわけではない」「精神の革命のために読書が有用」などなどだ。彼女の新刊エッセイ『驚異の迷路』(2026年2月刊)も購入できた。2011年から10年間の「民主主義」の足跡と、2021年の政権簒奪後の2年間に言及する。革命は長丁場になりそうだ。
 さて、いかさま選挙第三段階が1月25日に終った。「国軍」派政党「圧勝」に彼らが浮かれていた27日、総司令官が滞在するマンダレー王宮内「国軍」司令部に、PDF(人民防衛隊)がロケット弾を撃ち込んだ。翌日ヤンゴンでの行事に総司令官は欠席した。死亡説に重傷説から、兵士20名余負傷説や内通者捜索説まで、様々な記事がSNS上を飛び交った。2月4日、久々に姿を見せた総司令官のロシア代表団との握手写真も合成説が流れた。しかし5日に、ヤンゴン大学における彼に対する名誉博士号授与式典の華々しい映像が流れて、市民を落胆させた。

 


 

南田 みどり(みなみだ みどり)=1948年兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語研究科南アジア語学専攻修了。大阪大学名誉教授。ビルマ文学研究者・翻訳者。